居住環境・歴史
高台に広がる理想的な空間

さえぎるものがない高台に建つ
都営地下鉄三田線の志村三丁目駅から南へ約100メートル、徒歩2分の位置にある「ヴィオスガーデン城山」。共用棟であるコミュニティスクエア1階のエントランスを通りエレベーターで7階相当の高台に上がる。中庭に出ると、そこが住宅棟の1階にあたる。最上階は16階で、417所帯が住まう大規模集合住宅の威容に目を見張る。
中庭のパティオガーデンはコの字型の住宅棟に包み込まれるように配され、コミュニティの潤いあるスペースをかたちづくっている。
視界をさえぎるものがない高台にあるため、日当りの良さは完璧。さらに何といっても眺望が素晴らしい。上階からは池袋や新宿の超高層ビルはもとより、多摩秩父の山並みや遠く富士山を見晴らすこともできる。美しい夜景に加え、夏はあちこちの幻想的な花火が目を楽しませてくれる。
中庭のパティオガーデンはコの字型の住宅棟に包み込まれるように配され、コミュニティの潤いあるスペースをかたちづくっている。
視界をさえぎるものがない高台にあるため、日当りの良さは完璧。さらに何といっても眺望が素晴らしい。上階からは池袋や新宿の超高層ビルはもとより、多摩秩父の山並みや遠く富士山を見晴らすこともできる。美しい夜景に加え、夏はあちこちの幻想的な花火が目を楽しませてくれる。

17,700本もの樹木に囲まれて
「「ヴィオスガーデン城山」の大きな特徴は豊かな緑にある。17,514平方メートルの敷地面積の70%以上を樹木などに割いていて、高木、中木、低木の約17,700本が季節ごと見事な色取りを演出してくれる。
東側は熊野神社の森と隣接し、西側は古くから植生していた木々がそのまま生かされている。高さ18メートルのヒマラヤスギや15メートルのケヤキ、サクラの古木、シイなど43本をそのままの場所で保存している。
東側は熊野神社の森と隣接し、西側は古くから植生していた木々がそのまま生かされている。高さ18メートルのヒマラヤスギや15メートルのケヤキ、サクラの古木、シイなど43本をそのままの場所で保存している。
豊かな自然環境と歴史性

高台の先端に位置する特別な立地
板橋区は、荒川と多摩川に挟まれた武蔵野台地の北東端に位置している。特徴的なのは、荒川に面しているため、区内が武蔵野台地と荒川低地に大きく二分される点。区全体の約4分の3が台地上にあり、残りは北部の高島平一帯の荒川低地に広がり、標高差は約20メートルに及ぶ。荒川低地は、地名の「蓮沼」や「根葉(蓮根)」が示すように、かつて湿地帯を形成していた。また、台地の崖線からは所々で清水が湧き出していた。
さらに、荒川低地は縄文時代には海であったことが、台地縁の貝塚や遺跡からも明らか。「ヴィオスガーデン城山」は、この武蔵野台地の北端に位置し、西側は低地に面しているため、東側は台地が続くものの、南西北の三方に広がる開けた眺望が楽しめる。近隣には、中台馬場崎貝塚、小豆沢貝塚、志村坂上や中台三丁目東丘陵、中台畠中の遺跡など、歴史的な遺構も多く残されている。
さらに、荒川低地は縄文時代には海であったことが、台地縁の貝塚や遺跡からも明らか。「ヴィオスガーデン城山」は、この武蔵野台地の北端に位置し、西側は低地に面しているため、東側は台地が続くものの、南西北の三方に広がる開けた眺望が楽しめる。近隣には、中台馬場崎貝塚、小豆沢貝塚、志村坂上や中台三丁目東丘陵、中台畠中の遺跡など、歴史的な遺構も多く残されている。

敷地は「志村城」の本丸跡
「志村城山公園」「城山幼稚園」「志村城山通り」など、地名に「城山」が残るこの地には、かつて「志村城」という城が存在していた。熊野神社の境内には「志村城址跡」の碑がある。志村城は室町時代の康正2年(1456年)に千葉隠岐守信胤(ちば・おきのかみのぶたね)によって築かれ、その後約70年間、難攻不落の城として君臨していた。「ヴィオスガーデン城山」はその本丸跡に建ち、隣接する熊野神社は二の丸跡にあたる。社殿の西側には今も空堀の跡が残っている。 志村城主・千葉氏は、守護大名である千葉氏の末裔で、武蔵千葉氏と呼ばれた。千葉氏は下総国(現在の千葉県)千葉荘に勢力を誇っていたが、内紛で分裂し、1453年に敗れた一族は扇谷上杉氏を頼り、武蔵国へ逃れた。彼らは石浜城(荒川区)と赤塚城(板橋区)を与えられ、その地に定住した。この武蔵千葉氏は下総に戻ることなく、赤塚城址の近くにある松月院を開基したとされている。

平安時代からの熊野神社
「ヴィオスガーデン城山」に隣接する熊野神社は、志村城よりも古い歴史を持つ。平安時代の長久3年(1042年)、志村将監が紀州熊野から勧請したと伝えられている。戦乱が続いた当時、人々は信仰を通じて心の安らぎを求めており、その一つが熊野信仰であった。熊野信仰は、紀伊国(現在の和歌山県)にある本宮・新宮・那智の三社を崇拝の対象としている。